The die is cast.

就活ブログ。。地方大学生が東京で大手企業に内定取った経験を伝えます

あの日から五年

あの日から、五年がたちました。
 
よちよち歩きだった赤ちゃんも小学生に、
 
小学生はいつの間にか高校生になり、
 
私も高校生だったのにいつの間にか社会人となっています。
 
でも、あの日のことはよく覚えています。
 
一人で福島に受験に行き、大学で被災しました。
 
帰宅難民になって一人で高校の体育館に泊まったこと。
 
炊き出しがほんとうに美味しかったこと。嬉しかったこと。
 
優しくいろいろな人に手を差し伸べてもらったこと。
 
逆に、冷たくもされ、現実の辛さに悲しい気持ちにもなりました。
 
災害対策本部でインタビューされたこと、
 
知らないおっさんが親に対して切れていたこと
(なんでお前の親はすぐに迎えにこないんだと電話越しで切れていた)
 
一人でホテルのテレビで水素爆発のニュースを見たこと。
 
県庁職員の方に送ってもらいなんとか地元まで帰れたこと。
 
 
勿論ここに書けないこともたくさんあって、
 
本当に自分の人生の大きな影響を与えた出来事でした。
 
人生の節目です。
 
 
赤本も開いたこともない大学に入学することを選択し、
 
最初は後悔ばかりの大学生活でしたが、
 
いつのまにか本当に充実していて、
 
震災を伝える活動等を通じて本当に様々な経験をすることが出来ました。
 
大学四年の中で26カ国に行けたのは震災のお陰でもあるので、ポジティブに震災を捉えてもいます。
 
他の人には出来ないであろう経験ができました。
 
でも被爆のことを考えると自分の選択は正しいのか今でも少し考えてしまいます。
 
でも、もう過去に戻れないので、
 
今できることをやるしかないので、今更、どうすればよかったなどとは考えないようにしています。
 
 
今は、全く関係のない、大都市東京で金融に携わっています。
 
でも、あの日の事、福島での生活を忘れることはないでしょう。
 
そんな大層なメッセージがあるわけではないですが、
 
あの日のことを忘れずに自分の人生に活かしていくことが私にできることです。
 
福島県民でもなく、今ももう関係ない土地にいる私だからこそできることがあると思います。
 
今、感じているのは、時が経てば忘れられるということです。
 
広島、長崎、阪神淡路、新潟、、、、
 
なんでもそうですが、体験した人がいなくなれば過去の出来事になり、歴史になります。
 
そして、何事も風化します。
 
震災後動いていなかった原発もいつのまにか当たり前のように動いていますし、
 
歴史はまた繰り返すでしょう。
 
正直今の自分にはこうやって節目に思い出して、震災について考えて、福島について気にするくらいしかできていないです。
 
でも無理に頑張るものでもないので、機会があればまたどこかで話をする機会があればいいと思っています。
 
みなさんも震災について忘れないでください。
 
 
まあ全然終わってもいないですけどね。